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道草      夏目漱石

一  健三《けんぞう》が遠い所から帰って来て駒込《こまごめ》の奥に世帯《しょたい》を持ったのは東京を出てから何年目になるだろう。彼は故郷の土を踏む珍らしさのうちに一種の淋《さび》し味《み》さえ感じた。  彼の身体《からだ》には新らしく後《あ...
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道楽と職業     夏目漱石

ただいまは牧君の満洲問題――満洲の過去と満洲の未来というような問題について、大変条理の明かな、そうして秩序のよい演説がありました。そこで牧君の披露に依ると、そのあとへ出る私は一段と面白い話をするというようになっているが、なかなか牧君のように...
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点頭録      夏目漱石

一  また正月が来た。振り返ると過去が丸で夢のやうに見える。何時の間《ま》に斯《か》う年齢《とし》を取つたものか不思議な位である。  此《この》感じをもう少し強めると、過去は夢としてさへ存在しなくなる。全くの無になつてしまふ。実際近頃の私《...
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草枕      夏目漱石

一  山路《やまみち》を登りながら、こう考えた。  智《ち》に働けば角《かど》が立つ。情《じょう》に棹《さお》させば流される。意地を通《とお》せば窮屈《きゅうくつ》だ。とかくに人の世は住みにくい。  住みにくさが高《こう》じると、安い所へ引...
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人生      夏目漱石

空《くう》を劃《くわく》して居る之《これ》を物といひ、時に沿うて起る之を事といふ、事物を離れて心なく、心を離れて事物なし、故に事物の変遷推移を名づけて人生といふ、猶《なほ》麕身《きんしん》牛尾《ぎうび》馬蹄《ばてい》のものを捉へて麟《きりん...
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硝子戸の中     夏目漱石

一  硝子戸《ガラスど》の中《うち》から外を見渡すと、霜除《しもよけ》をした芭蕉《ばしょう》だの、赤い実《み》の結《な》った梅もどきの枝だの、無遠慮に直立した電信柱だのがすぐ眼に着くが、その他にこれと云って数え立てるほどのものはほとんど視線...
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趣味の遺伝    夏目漱石

一  陽気のせいで神も気違《きちがい》になる。「人を屠《ほふ》りて餓《う》えたる犬を救え」と雲の裡《うち》より叫ぶ声が、逆《さか》しまに日本海を撼《うご》かして満洲の果まで響き渡った時、日人と露人ははっと応《こた》えて百里に余る一大|屠場《...
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自転車日記    夏目漱石

西暦一千九百二年秋忘月忘日白旗を寝室の窓に翻《ひるが》えして下宿の婆さんに降を乞うや否や、婆さんは二十貫目の体躯《たいく》を三階の天辺《てっぺん》まで運び上げにかかる、運び上げるというべきを上げにかかると申すは手間のかかるを形容せんためなり...